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2025年度引退ブログ番外編 MG「選択」 小林 蒼彩

私は本気で全国を目指す選手達の支えになりたい。全国に行きたい。という理由で中学3年生の夏休みに豊島監督のもとを訪れました。その日の見学で練習に打ち込む選手の姿とマネージャーさんの働く姿を見て絶対ここでマネージャーになる。と決心しました。 
 
私が入部した時は4カテゴリーに対し先輩男子マネージャーがたった1人。そのため担当した1年生カテゴリーの最初の練習も1人で行っていました。練習前に基礎的なことは教わったものの、選手ともまだ仲が良くなく練習中にすぐに聞ける人がいないという状況は不安で仕方なかったです。自分達の代の選手は個性が強く、人見知りが多くて思っていたサッカー部とは全然違う雰囲気を纏っていました。中学3年生の2月頃から練習に参加していたため、春休み中に仲良くなることを目標とし朝練の後午後3時ぐらいまでずっとグラウンドでバー当て3連続できるまで帰れませんをしたのも今では良い思い出です。 
 
3月に入りやっとみんなから話しかけてくれるようになったのがとても嬉しかったのを覚えています。初めての遠征はNew balance cup予選。霧でほとんど見えなかったけど準決勝をかけたPKでは最後の11人目で勝ったりとこの時はただただ部活が楽しく、言われたことをしっかりこなすことを第一に考えて活動していました。しかし夏休みに行われた全体合宿最終日で練習開始時間に荷物がなく、選手達は罰走。私は前日にしっかり車に準備をしていたため正直完璧だと思っていました。しかしコミュニュケーション不足で練習時間に荷物が到着をすることがなく、選手に迷惑をかけてしまいました。この時日野先生から先のことを考えて行動しろ。選手の肩を持つな。と指導をいただきそれ以来ただこなすのではなく、次のメニューに何が必要で今何をしなければならないのか、本当にこれで大丈夫なのかと最低限ではなく+aを常に考えながら行うようになりました。引退した今、考えるということはマネージャーをやる上で1番な大事なことだと感じています。日野先生に言っていただかなければ変わっていなかったかもしれません。飛騨遠征での優勝やNew balance本戦、Unityの最終節を経て1年生カテゴリーが解散しました。 
 
解散してからAカテゴリーに配属され、先輩マネージャーの動きの速さについていくことができず、帰ってはすぐ寝てと毎日疲労困憊でした。そんな中、西が丘で迎えた選手権準決勝では監督が自分をベンチに入れてくださりとても良い経験をさせてもらいました。結果は敗戦でしたが、その帰り道同い年の選手に俺らの代で行くから。と言われ時は改めて全国行きたい。そう強く思いました。
選手権が終わってから急遽そのままAカテゴリーを担当することになり、1年生だった私にAカテゴリーを任してくれた豊島さんには感謝しかありません。ここからの1年は学びと成長に溢れた1年でした。冬の遠征では先輩からテーピングをお願いされるもほとんどやったことがなかった私は選手が望んでいた形のテーピングをすることができませんでした。先輩マネージャーとの差を感じ、焦りから動画を見て練習を始めたりしてもすぐにできるわけはなく、先輩の代なのに未熟な私がマネージャーで申し訳なかったです。それでも先輩達が優しく足を貸してくださったおかげで徐々に成長することができました。
関東大会が始まり、ラストワンプレーで同点に追いついたり、延長戦を制したりと試合ごとに刺激を受け、毎週末が楽しみで仕方なかったです。関東大会優勝と大きなタイトルを手に入れた先輩達の姿は本当にかっこよく、私自身も最高に嬉しかった出来事でした。この勢いのままインターハイも選手権もいけると思っていましたが、結果は弊部にとって初戦と2回戦敗退。先輩達ならと思ってた矢先に負けてしまい、東京都のレベルの高さとサッカーの難しさを痛感しました。選手権の2回戦で延長戦から戻ってきた選手の表情と嬉し涙を目に浮かべながら絶対勝つぞと組んだ円陣は今でも忘れられません。残りの1ヶ月は信じられないぐらいあっという間に過ぎ、3年生が引退。先輩といることが多かった私にとって先輩の引退はとても大きく、心細かったです。先輩達からは数えきれないほど大切なことを言葉や文でしっかりと伝えていただき、こんなにも尊敬できる先輩は初めてでした。 
 
新体制になり、自分達の代に。直後の大阪遠征ではうまくいかないことが多く、一時険悪な雰囲気になったりと先行きが心配だったことを覚えています。裏選手権でもスタッフと選手の意見が合わず、良い雰囲気、良い結果とは言えない状態が続きました。ここで黒川先生にマネージャーという間の立場であおいがどう選手の不満を違う表現で顧問に伝えるかだよと言っていただきより視野を広く持って考えるようになりました。黒川先生が人としてもマネージャーとしても大事なことを伝え続けてくれたからこそ成長できたと思っています。この裏選手権での経験は自身の価値観を大きく変えるものであり、3年間を通じて1番辛い3泊4日でした。最上級生となって後輩の指導やテーピングの発注など責任あるものを任していただき当時はいっぱいいっぱいでしたが、裏選手権からT1リーグ開幕までのこの期間で主務としての自覚ができたと感じています。開幕戦の荷物は2度確認しましたが、忘れ物がないか到着するまで吐き気がするほど緊張していました。無事試合が始まった時の安心感はとてつもなかったです。T1リーグが開幕して間もなく関東予選、インターハイ予選が始まりましたがどちらも2回戦敗退。私は直接試合に関わる立場ではなかったけれど正直自分があの時こうしていればと思うことばかりでした。
残すは選手権のみ。勝てない日々が続くなか普段の会話で何気なくはなった一言かも知れませんが、俺が決めて絶対全国行くから。という選手の一言が自分のモチベーションになっていました。辛い走り込みにも耐えて、暑い中全力で練習する選手達に自分は何ができるのかを常に考え、結果的に意味があったかは分からないけれど、学校のスクリーンにサッカー部を掲示してもらったり、テーピングの巻ける種類を増すことに努めていました。初戦までの間3年間で1番気を引き締めて行動し、迎えた選手権。やっと始まるというワクワクと共に負けたら終わりという恐怖で冷静でいようと意識していても冷静ではいられませんでした。結果は2回戦敗退。試合中には一切涙を見せなかった選手が試合終了のホイッスルがなった瞬間に涙してる姿を見て本気で全国に行けると思ってたからこそ人生で1番悔しく、もう一回やりたい。まだみんなと試合がしたい。と思っていました。しかし本気で戦ってくれてここまでサッカーと向き合わせてくれてありがとうという選手に対する気持ちが大きかったです。私はT1リーグに向けてなかなか切り替えられずにいましたが、ここでも選手の言葉に支えられ、前を向くことができました。最終節でリベンジを果たすことはできませんでしたが、先輩としてあるべき姿を後輩に示すことのできた試合だったと感じています。 
 
長くなりましたが、たかが3年かもしれないけれど私は高校3年間でこのチームのマネージャーができて本当に良かったと思っています。少しでもチームにとってプラスにとなる存在になっていたら幸いです。何よりも優先し、ほぼ毎日自主練して努力した選手でさえも全国出場という目標を叶えられず、目標を叶える難しさと努力が必ず望んだ形で報われるわけではないという厳しさを実感しました。その反面努力すれば必ず成長できるということも学びました。3年間を通して、勝てなくて辛いことも多かったですが、それよりもみんなとたわいもない会話をしてだらだらとグラウンドに残る時間が幸せでした。自分達の代は一般的にいう良い結果というものは持っていないのかもしれないけれど、努力した過程で1番成長した最高のメンバーであり、最高のチームだったと思っています。みんながいてくれて良かった。たくさん話してくれて、このチームの、この代のマネージャーをさせてくれてありがとう。自分の代の選手はあんまり表情に出ることがなく、なに考えてるのか分からなかったけど全国に対する気持ちはみんな同じということを信じて良かったです。これからもずっと関わっていきたいと思えるみんなと引退してから3日会わないだけですでに寂しいです。できることならもっと一緒にいたかったです。先輩からの助言のおかげで結果ももちろん大事だと思いますが、それ以上に充実した毎日を送ることができ、何よりやりきれました。自身でも疲れたと感じることがあるのに選手達はそれ以上に練習で走って、自主練までして、家も遠くて。同じ生活をしてるだけでも信じられないほど大変なのに食べ物に気を使ったり、テスト中でも睡眠時間を確保したり、こんなにサッカーに本気で向き合って尊敬できる選手達と出会えて本気で全国という舞台を目指せたことは人生の宝物です。引退した今、中学3年生の時にした自分の選択は間違っていなかったと自信を持って言いきれます。これからの人生これ以上幸せなことあるのかと思うぐらいみんなと過ごした時間は本当に幸せでした。こう思える3年間を過ごせたのも全ての選択を受け入れてくれた両親のおかげです。高校も大学もやりたいことを第一に考えた結果出願ぎりぎりになったり迷惑をかけてしまいました。それでも広い心で選択を一切反対せず、試合に出ないのに応援まで来てくれて、負けた次の日は好きな食べ物で元気にしてくれて本当に感謝しています。ここでの経験を糧に、大学では助産師になることを目指して勉強に励んでいくのでこれからもよろしくお願いします。新入生の練習が始まる中学3年生の2月頃に入部してから引退までの3年間の全てを綴らせていただきました。3年間関わってくださった皆様に感謝でいっぱいです。ここに書けなかった1.2年生、先輩マネージャー、後輩マネージャーに伝えたいことは下に書くので時間ある時に読んでくれればと思います。拙い文章でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました!! 
 
-1年生へ-
1年生と過ごした期間はわずか10ヶ月。本当に短かったです。2個上ということもあり、関わりやすさを意識して話しかけたりしていました。それでもみんなにとっては関わりにくかったと思います。仲良くなり始めたのはjヴィレッジの洗濯を待ってる時で大成に来た理由聞いたり、中学校のチームの話をしたりと洗濯を待つ時間はすぐに過ぎ、楽しかったです。最近になりやっとたくさん話しかけてくれるようになったのに私は引退でまだまだみんなと話したかったという気持ちが残っています。みんなにはあと2年あります。2年あれば人は本当に変われるとこの3年間選手を見てきて感じました。毎日後悔しない選択をしてね。これから先大変なこともあると思いますが、どんな形であれ最後までやりれば必ず笑って終われる日は来ます。その日までかんばれ!! 
 
-2年生へ-
1年生の時はあまり関わる機会がなかったものの、TUL.飛騨を優勝したり、New balance cupを3位で終えたりすごいなと思っていました。だんだんと話すようになり2年生とはいじり合う仲までになれて、マイペースさに強く言うこともありましたが、どの代よりも人懐っこいみんなとたくさん関わることができて嬉しかったです。そして何より初めてできた後輩で可愛くて仕方ありません。2年生がグラウンドでわちゃわちゃ騒ぐ姿が癒しだったよ。この1年間インターハイでの選手交代、選手権、Tリーグ最終節と涙ぐむ姿を見てきました。もう始まっていますが、最後の一年は本当にあっという間です。自分が思ってる以上に一日一日を大切に過ごして来年は嬉し涙で溢れさせてください。2年生の圧倒的な団結力で絶対全国行ってね。応援しています!! 
 
-先輩マネージャー-
サクさんにテーピングについて質問しても大体返ってくる言葉は気合い。初めは困惑し、どうにかコツを教えてもらおうと必死に質問したことを覚えています。サクさんは言葉で説明するよりも背中で語ってくれる人で、一緒のカテゴリーで1年間活動した時は毎日が学びで1番成長することができた期間でした。サクさんが引退してからはなかなか安定せず、自分の実力不足が目に見えて、サクさんの偉大さを感じました。そこからの1年はサクさんを超えることを目標に活動してきましたが、足元にも及びませんでした。選択に迷った時サクさんだったらどうするかと考えるほど憧れのマネージャーです。自分がマネージャーとして一人前になるまで優しく接してくださりありがとうございました!! 
 
-後輩マネージャー-
私自身が3年生になって1番上という立場でどういう風に7人マネージャーとしての形を築いていけば良いのか1番悩みました。7人体制でうまく分配ができなかったり、混乱させてしまったりして情けなかったです。マネージャーはやり方に正解がないからこそ、全員でまとまるのが難しいと思います。そんな役割だから余計に選手のため、全国に行くためという全員が共通して持ってる思いを忘れないでください。他の人とやり方が違くても、チームのために考えてとった行動がそれなら自信持ってやってね。今の5人なら大丈夫だと思ってます。いつでも連絡待ってます。

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