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2025年度引退ブログ第22弾「宝物」 家泉 圭多

間違いなく私の人生で一番濃かった三年間でした。そんな私の高校サッカーについて振り返ろうと思います。 
 
 私が入部してすぐ感じたのは、周りとの技術、知識のレベルの差です。周りには足元がとてもうまいやつや自分が知らないようなサッカーに対しての知識を持ってるやつがいて打ちのめされたのを覚えています。その当時の私にとってチームで一番になれるような武器をもっていなくて自分がどうしたら試合に出れるのだろうと日々考えていました。
当然、そんな私に試合の機会は巡ってくることもなく、一年生カテゴリーではほとんど試合に絡めませんでした。そして、一年生カテゴリーが解散して、私はCチームに振り分けられました。Cチームでは、吉田さんに出会いました。吉田さんは前に一年生カテゴリーで練習を見てもらった時に「この学年嫌いだから」と言われていて少し怖かったです。しかし、そんなことはなく吉田さんは自分に優しく接してくれました。そんな吉田さんが指導していたこのカテゴリーでは下手ということはもう大前提でその中でどうしたら上に行けるかという答えを探す場所でした。そこで私はドリブルという武器を見つけることができました。 
 
Cチームでの活躍が認められて私はBチームに昇格しました。Bチームではレベルがぐんと上がって最初はついていくだけで精一杯で、練習はいつもの倍疲れるし先輩から怒られるし正直嫌になりそうでした。それでも練習は休まず毎日行き続けました。行き詰まっていたこの頃、急激に足が速くなりました。きっと一年生の最初の頃から行っていたPHの結果が出たのだと思います。嘘だろと思うかもしれないけれどなんと50メートルが0.7秒も縮まっていました。私は、このドリブルとスピードという武器を駆使して毎日の練習を一生懸命に行っていました。そうすると、学年が変わる頃にはこのチームのスタメンとして定着していました。 
 
二年生に上がり、地区トップリーグが始まりました。この時期から三年生に上がるまでの一年は三年間の中で一番成長できた一年でした。この時のBチームを指導していたのは吉田さんでした。吉田さんからたくさんのアドバイスをもらい、「ウィングはこうあるべきだ」という理想像が決まり、自分でも想像しながらプレーすることができ、みるみる上達していくのが目に見えて楽しかったです。最終的にはこのリーグではT4昇格という結果を出すことができました。 
 
そして、また学年が上がる頃、トップチームに昇格を果たしました。前期のT1では怪我人もいて、ほぼスタメンで出場することができました。しかし、思うように結果が出ず、後期も試合にはあまり絡めませんでした。正直、この一年間では自分にあまり成長が見えなくつらい一年でもありました。そんなこんなで迎えた選手権では二回戦で負けてしまいました。自分は負けて悔しいという気持ちよりも、三年間が終わってしまったという気持ちで涙が溢れていました。私はこの三年間、つらいこともたくさんあったけどサッカーを続けていてよかったと思えました。これまでの三年間の高校サッカー生活は自分にとっての宝物になりました。
 
一、ニ年生に向けて、一番言いたいことは、これからきっとやめたいって思うことがあるかもしれません。練習はきついし、上手く行くことよりも上手くいないことの方が多いです。サッカーの他に楽しいことはたくさんあるし、逃げたくなるときはぜったいにあると思います。それでも最後までやり続けることが大切だと私は思います。つらいときは歯を食いしばって前を向いてぜったいに負けないでください。ここで三年間一生懸命にがんばったことはぜったいに大きな財産となります。 
 
 最後に、長かったけどここまで読んでくれてありがとうございました。私を大成高校に入学させてくれた豊島監督、たくさん成長させてくれた吉田コーチ、支えてくれたスタッフ方、マネージャーありがとうございました。そしてつらいときに支えてくれた恋人、何より、いつも早く起きてお弁当を作ってくれたお母さん、お金を出してくれたお父さん三年間支えてくれて本当に本当に感謝しています。ありがとうございました。

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