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2025年度引退ブログ第19弾「反骨精神」 鈴木 琉生
自分は中学のチームメイトたちと練習参加に行き、帰りに監督が自分だけを呼びうちのチームに来ないかと言われ大成高校に入学しました。
1年生の頃は、日野さんのもとで練習があり、ブラジル体操の練習だけをしたり、ミニゲームで走りをかけた試合などでみんな必死に練習を取り組みました。飛騨遠征、Unityリーグ、NBカップなどがありとてもいい経験をし、いいスタートが切れたと自分なりに思っていました。NBカップの予選では自分が途中で交代された事にイラつき日野先生に文句をいいに言ったことは今思えばとても幼い事をしたと思っています。6月ごろにAカテに上がる事ができました。でも試合に行っては出れないし、練習試合などは最後の試合しか出場する事がなく、Aカテに上がった意味があったのかと途中で思いました。約3ヶ月間、Aカテにいさせてもらい、9月のカテゴリー変動の際、B1に落ちました。この時の自分はサッカーに本気で取り組んで無かったし、練習が終わった後友達と話して帰る事がとても多かったと思います。
ここから自分にとって苦しい1年間を迎える事になりました。
2年生になり自分はBチームでプレーする事になりました。Bチームは3年生がとても個性が強くうまいやつより気持ちが強いやつ、うるさいやつが多くいました。また1から頑張ろうと思っていましたが、リーグ戦が始まる前の練習試合とか合宿など自分はスタメンではなかったです。なぜ俺をださない。出せよとずっと思ってました。自分は出てない期間ずっと不貞腐れずっとたつやと怒られていました。信頼も無かったと思います。練習でのダブルボックスではスタメン組対出てない組と上がってきた1年生との試合で何回も負け、ずっと走ってたいた思い出があります。リーグ戦が始まり、その時にはスタメンになっており矢板遠征で優勝やリーグ戦昇格など色々な経験が出来ました。矢板遠征で決めたゴールは「やっぱ俺持ってるな」と思いました。Bカテの練習は毎日楽しく、学年関係なく言い合ったり、喧嘩したり、笑ったりなどとても貴重な時間でした。ありがとうございました。
3年生の選手権が終わり次の日ぐらいに堀越高校との練習試合がありました。その日も自分のポジションである右サイドでプレーしていました。ミーティングが終わり解散した時に吉田さんに呼ばれました。来年は右サイドは厳しいかも知れないと言われました。自分は足が遅いと自分でもわかっています。でも、ドリブルに自信があり、チャンスメイクにも自信があった自分に、それを言われた時は絶望でした。帰りの電車であゆむと話した覚えがあります。正直何も考えれませんでした。それから、翌週の練習で、マグネットを見たらサイドバックになってました。普通の人ならどこのポジションでも全力でやります。だが自分は不貞腐れ、試合中に歩き、全てバックパスをしました。時間が経ち、吉田さんに出ろと言われ泣きながら反抗してたのを覚えています。俺には右サイドを任せれないと改めて感じました。自分は試合に出れないならBチームでいいとも言った。とても自己中だったと思います。自分は最低な振る舞いをしており、来年Aチームに上がれないと思っていました。だが、Aチームに上がる事ができ、最後の1年間頑張ろうと思いました。
自分たちの代では、関東予選大森に負け敗退、インターハイ早稲田に負け敗退。2つの大会を出場できずに、一瞬で終わりました。正直に言うと、この期間自分はどん底まで落ち、始めてサッカーが楽しくないと思いました。目指していた目標もすぐ消えました。チームは前期の試合ほとんど勝てずチーム状況も良くなかったですし、自分のやりたいポジション争いも入れませんでした。でもこの出れなかった3ヶ月間ぐらいはとても大切な時間だったと感じています。
Tリーグでの多摩目戦では始めてスタメンになり、点を取った時にはみんなが駆けつけてくれて、報われたんだなと涙が出そうでした。後期のリーグでは5連勝し、ゼルビアに取ったゴールと坊主にした当日の駒澤戦でのゴールは忘れません。選手権では、国士館に1-4で負けましたがとてもいい試合だったと自分は胸を張って言えます。自分たちの代らしい1年間でした。
最後に、この3年間は、とても充実した日々を送れたと思います。みんなとやれて幸せです。
せいたと玉川、一緒に自主練してくれてありがとう。ドリブルの話やシュートの打ち方などをラインで話したり、お前らとの夜遅くまでの自主練はめっちゃ楽しかったし、あの時に戻りたいと思う時もあります。本当にありがとう。吉原さん1年弱でしたが一緒に自主練できて楽しかったです。二軸のシュートを教えてくれたり、トップ下の立ち位置についても教えて下さり、ありがとうございました。大学でも宜しくお願いします。そして伊佐次。サッカーの相談に乗ってくれてありがとうございました。自分が辛かった時期の支えになりました。つけていた14番を着てプレーできた事を誇りに思ってます。憧れの先輩です。最後に水谷、お前とはあんま一緒に試合出る事はなかったが、とても憧れる存在でした。お前が朝、毎日自主練をしていて、俺が自主練をするきっかけ作ってくれたし、選手権負けた次の日の学校で、お互い顔を見て泣きあってしまったのは、とても忘れません。今も一緒に自主練していると思います。プロで会いましょう。
後輩たち、いつも試合の運営などをしてくださりありがとうございました。1年生。次の2年生になった時の1年間はとても大切な1年です。自分は何を目指しているのか、何が足りないかを考えて行動して下さい。かいたとこうだいに期待しています。2年生。最後の1年です。今の時期、自分はbカテにいましたが最後はスタメンといった形で終わる事が出来ました。何があっても諦めないでください。自分次第で変わります。悔いにないように引退してください。こうき、一緒に自主練してくれてありがとう。チームを引っ張って下さい。ひでたか。筋トレばっかせずボール触って下さい。来年14番付けてる事に期待しています。
黒川先生いつも自主練の時間を伸ばしてくれてありがとうございました。まず、選手権を連れていけずすみません。一年の頃は毎日怒られていましたが、今は自分から動けるようになったと思います。また人として強くなったと思います。
吉田さんこんな自分を見捨てずに指導してくれてありがとうございました。吉田さんを練習に入れるか入れないかで揉めたりした事などとても懐かしいです。自分が点を決めると自分の事のように喜んで話しかけてくれて、とても嬉しかったです。恩返しはプロになる事だと思うのでその時は報告しに行きます。
監督、自分を大成高校に入れさせくれてありがとうございます。相談に乗ってくれたり、自分を使ってくださりありがとうございました。監督をはじめ、他のスタッフの方々もたくさんのサポートありがとうございました。そして保護者の方々毎試合応援に来てくださりありがとうございました。いつも声をかけてくださりありがとうございます。両親には伝えたい事がいっぱいあるので滋賀に行く前に手紙として渡せれたらと思います。
最後になりますが、自分は後悔一つもなく引退する事が出来ました。それは仲間のおかげであり、自分は恵まれてるんだととても思います。
大学では一つ一つ目標をクリアし、プロになり、自分の目標としている内野航太郎とプレー出来るように頑張ります。口だけにしない事を約束します。
長い文章になりましたが読んでくださりありがとうございました。応援宜しくお願いします。
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