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2025年度引退ブログ第13弾「三年間で経験した忘れられない悔しさと最高の思い出」 水谷 良吾
家から近くて通いやすい。そんな安直な考えで大成高校を選びました。けど、今では本当に大成高校に来て良かったと思う。そう思えるほど充実した三年間を振り返ろうと思います。
一年生の時には本当に貴重な体験をさせてもらいました。自分は入学してすぐトップチームに上がることが出来ました。そして、初めてベンチ入りした関東大会の成立戦で、両校の応援をベンチで聞き、これが高校サッカーかと衝撃を受け、鳥肌が立ったのを今でも覚えています。この舞台に立ちたい。そう思える経験でした。
そしてあっという間に選手権が始まりました。一回戦、ニ回戦と危なげなく勝利し、準決勝を迎えました。あの日はいい意味でも悪い意味でもはっきり覚えています。西ヶ丘という舞台で試合に出たら絶対結果を残してやろうと思っていました。ですが、結果は自分がシュートをポストに当てたせいで負けてしまいました。この時は本当に三年生に申し訳ない気持ちでいっぱいで、とても悔しかったです。
ニ年生になり、新チームが始まりました。そして5月、関東大会で優勝することが出来ました。大成に入ってこの瞬間が一番嬉しかったです。あっという間に夏が過ぎ9月になりました。この時期に、大好きで最も自分が尊敬する先輩の伊佐地からドリブルを教えてもらい始めました。毎日夜7時まで付き合ってくれて、サッカーのことについて沢山教えてくれたのを覚えています。あの時間がなかったら今の自分はないと思います。「犠牲と成長」これは伊佐地から学んだ言葉で、自分のモットーにしている言葉です。そして2回目の選手権。結果は、また自分がシュートを外したせいで負けてしまいました。この日は本当に悔しかったです。このメンバーなら絶対に全国に行けると思ってたし、三年生のことが大好きだったからこそ悔しかったです。
最後の年である三年では、楽しいことや苦しいことが沢山ありあっという間でした。リーグ開幕前に怪我をしてしまい、インターハイまで思うようにプレーが出来ず、とても苦しい時期が続きました。しかし、夏には怪我が治り、青森ユースなどではチームとしても個人としても結果が付いてきていたのでとても嬉しかったです。そのおかげもあってか、プロの練習参加にも呼ばれ行くことができ、加入は出来ませんでしたが間近でプロを体感し、すごくいい刺激をもらうことが出来ました。そして選手権。この事は悔し過ぎてあまり思い出したくありません。また、自分のせいで負けてしまいました。試合が終わった後、武田とまなとが泣いてるのを見て本当に申し訳なくなりました。メンバーに入ることが叶わなかったにも関わらず本気で応援してくれていて、それに応えることが出来なかった自分が本当に情けなかったです。負けた次の日に学校で鈴木や武田の顔を見て泣いてしまったのも今ではいい思い出です。
最後に、この最高の仲間達に出会えたことは一生の宝物です。このチームでやることが出来て凄く幸せでした。サッカーを通して思い出が沢山出来ました。武田やかんたとはほぼ毎日一緒に音楽を流しながら帰ったり、鈴木とは一緒にシュート練をしたり、ゆーやと堀岡とはずっと一対一をしたり、てっしょうとはのリフパをしたりなどまだまだ沢山ありますが長くなるので割愛します。そして秋間、秋間には本当に感謝しています。大成のサッカー部の活動が始まって一番最初に仲良くなったのが秋間でした。しかも一年の頃からずっと同じカテゴリーで基礎練の二人組をやったりなど一番長く関わっていました。試合では、サボり癖があり守備をあまりしない自分と2年の時から同じサイドを組んでくれてありがとう。何度も助けられました。最高の相方です。あと勉強も毎回教えてくれてありがとう。
豊島監督、監督がいなかったらプロの練習参加や一年時のドイツ遠征にも行けてなかったです。そして最後の選手権では怪我をしていてあまり練習にも参加できていなかった自分を使ってくれてありがとうございました。
深見さん、深見さんには感謝してもしきれないです。こんな生意気な自分に優しく接してくれてありがとうございます。自分が怪我をした時に深見さんは自分の事のように本気で向き合ってくれて嬉しかったです。本当にお世話になりました。
両親、三年間ほぼ全部の試合に見にきてくれて、送り迎えまでしてくれてありがとうございました。母ちゃん、毎日の弁当とても美味しかったです。父ちゃん、サッカーの話を一緒にしてくれてありがとうございました。恩返しできるように頑張ります。
3年時には10番を付け、エースと自負しながらそれに見合った活躍ができず、大成を全国に連れて行くことが出来なくてとても情けないし悔しいです。ですがこのかりはプロになって絶対返そうと思います。なので応援よろしくお願願いします。三年間ありがとうございました。