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2025年度引退ブログ第10弾「全力の3年間」 小曳 悠斗

私が大成高校に行くきっかけになったのは、去年まで大成高校でGKコーチをされていたピントコーチに勧められたからです。私はピントコーチに誘われるまで県内の公立高校に行ってのびのびサッカーをしようとしていました。誘われた時は、家から遠いしあまり本気バチバチでやる気はないから行きたくないと思っていましたが、決断する前にピントコーチに「お前はもっと強いところでやれる。また面倒見るから大成に来なよ。」と言われ、気持ちが変わりました。その言葉のおかげでもっと本気でサッカーしたい!と思えるようになりました。それからは高校でサッカーするのが楽しみになり、どれくらいレベルが高いんだろうとか、自分はどこまで通用するんだろうとかを考えるようになりました。 
 
高校では、選手権、インターハイに出て優勝するという目標を立てました。大成での活動が始まって最初に感じたことは、中学の時より雰囲気が締まっていて緊張感がありました。自分よりデカいやつや、目つきが悪いやつとかがたくさんいたので、私もより緊張しました。同じキーパーとしてポジションを争っていく2人とも仲良くなれる自信はなかったけど、少しの共通の話題からすぐ打ち解けることができたのでほっとしました。最初の練習の時の2人の第一印象は、とにかくデカいやつと速いやつ、というふうに感じました。当時の私は、キーパーの能力としてはピントコーチと3年間やってきたという事もあって少し自信があり、3人の中なら自分が1番やれると思っていました。それが実力過信だと気づかされたのは、Unityリーグの成立学園との試合でした。この試合は私が初めてスタメンで出させてもらえた試合で、活躍していい評価を得ようと思っていましたが、自分のミスで失点してしまい、前半で交代させられてしまいました。この結果が悔しくて自分なりにプレーの反省をして次に活かそうと思いましたが、なかなか調子が上がらず、Unityもスタメンで出ることはありませんでした。 
 
カテゴリー分けがされると、自分はCチームにいました。発表前から予想はついていましたが、とても悔しい現実を突きつけられました。だけどこれからもっと頑張れば追い抜けると思い、Cチームでもめげずにやり続けましたが、Bチームにいる2人との差がどんどん離れていくのを感じ、次第に焦りを感じるようになりました。それからしばらく経つと、年明け後にカテゴリーマッチがあったので、このチャンスは絶対ものにするという気持ちでいつもより一層気を張って臨みました。その結果、Bに勝利することができ、自分もBに上がることができました。ここから運もあってBからAへとすぐ上がることができましたが、1つチャンスをものにするだけで運命がこれだけ変わるのかと驚かされました。 
 
2年生になり、Tリーグが始まりました。この時試合に出ているのがりょうとだったので、スタメンを奪い取りたいという気持ちがとても強くありました。しばらくすると関東大会があり、東京都予選を優勝し、関東本戦が始まると、その準決勝で試合に出れるチャンスをもらいました。とても緊張しましたが、準備万全で臨んだ結果、良いパフォーマンスをすることができ、そのまま決勝も出させてもらえました。試合が終わるとたくさんの人からお祝いの言葉をもらい、すごく嬉しかった記憶があります。2試合しか出てないので優勝に貢献したとは思えなかったけど、とても良い経験をさせてもらえました。だが、ここで満足したのが良くありませんでした。関東大会後しばらく試合に出させてもらえましたが、少しずつプレーにボロが出てきて、夏が終わる頃にはもうスタメンを先輩に取られていました。自分より上にライバルがいると追い抜きたいという気持ちになって頑張れるけど、いざ自分がその立場になるとなぜか競争意識が薄れてしまうことがあるので、そこが私の悪いところだと思いました。そこからチームの信頼度も落ちていき、その先輩と圧倒的な差ができてしまいました。2年生が試合に出ているということの責任は持っていたつもりでしたが、その立場に満足している自分がいたことに早く気づけなかったことに申し訳なさを感じました。 
 

新チームになると、ずっと自分たちを引っ張ってきてくれた先輩たちがいなくなり、今度は自分たちがチームを支える番になったという実感が湧くようになりました。始まってすぐの冬の遠征では、今のチームは他と比べてどれくらいやれるんだろうと期待を膨らませていましたが、試合でミスを連発してしまい、その時調子が良かったりょうとと入れ替えでBに落とされてしまい、とても落ち込みました。今までしてきたことが崩れた感じがして悲しくなりました。また頑張って早くAに戻ろうと思いましたがなかなか上がれず、気づいたら3年生になり、またTリーグが始まっていました。この時点で目標と違った結果になってしまいましたが、悔しみながらもまだチャンスはあると信じていて、まずはT4でちゃんと結果を残そうと思いました。ここで新しく、T4優勝という目標ができました。それからBチームの軸として試合に出続けることができ、良い経験をたくさん積むことができましたが、Aにいるりょうとやこうきが試合で活躍してると聞くたびに悔しくなりました。もうAには自分が入っていく居場所はないのかと思うこともあり、やる気がなくなりそうになったこともありました。ですが今思えばBで活動することはとても良いことだったと思いました。Bで試合に出れたおかげでたくさん経験値を得れたし成長できたので、少しもマイナスに捉えていません。雰囲気良くて、楽しくサッカーできたのはBのみんなのおかげです。最後のインターハイ、最後の選手権には試合に貢献できませんでしたが、なんであいつがとか、俺が試合に出てたらとかは思っていません。この自分の立場が3年間頑張った結果だから充分納得しています。 
 

3年生へ、3年間一緒にいてくれてありがとうございました。みんなとふざけたり笑ったりしたことが1番の幸せでした。どんなに辛い練習でも、どんなにいきたくないと思っても、辞めたいと思わなかったのはみんなといる時間が楽しかったからです。たまに俺がノリ悪い時とかあったと思うけど、あの時行っとけばってめっちゃ後悔してます。だけど、高校で過ごした全ての時間が1番の思い出です。本当にありがとうございました。武田とるいは1年のときからずっと笑かしてくれてありがとう。 
 

1、2年生へ、ほとんど関わらなかった人が多いと思うけど、Bの試合の応援ありがとうございました。とても力になりました。関わりづらい人だったと思うけど、そっちから話しかけてくれた時とかちょっと嬉しかったです。来年、再来年頑張ってください。 
 

コーチの方々へ、3年間本当にお世話になりました。たくさんご迷惑をおかけしてすみませんでした。どんな時もコーチの方々が支えてくださったから今までサッカーをやってこれたということを絶対忘れません。
ゆうやへ、6年間ありがとう。グランデからの仲だったけど、多分誰よりも一緒にいてくれた。できればもっと一緒に試合出たかった。ゆうやは大学でも活躍してプロになってほしいです。 
 
りょうととまさとへ、3年間一緒に戦ってくれてありがとう。
最初のほうは2人同士仲悪そうだったけど最後まで仲良しでいられて良かった。2人がいたから死ぬほどきつい練習も楽しくできたし、たくさんふざけられたし、最高に濃い3年間にできた。3年間追い抜かれたり追い抜いたりの連続だったけど、全員で頑張ってここまで成長できた最高のライバルです。2人が同じで本当に良かった。 
 

パパ、ママへ、今まで育ててくれてありがとう。いつも怒らせたりしてごめんなさい。絶対親孝行するからあと4年間よろしくお願いします。
一瞬すぎた高校生活は、なんの目標も達成できなかった3年間になってしまいましたが、関わった全ての人に支えられてきたおかげで引退までサッカーを続けることができました。本当にありがとうございました。

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