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2024年度引退ブログ第25弾「人生で1番短かった3年間」伊藤 雄淳
僕が大成高校サッカーに入ったきっかけは、市立船橋高校のセレクションに行きレベルの高さを痛感し自分はこのレベルではないと思い大成高校に入学しました。だけど、大成高校の中でも1番下からスタートしました。正直試合に出れないのは納得していました。みんなよりも下手だし、熱量もないし、ただでかいだけの選手でした。だけど毎日練習していくなかで、その時コーチだった日向寺コーチの熱量に感化されて、何がなんでも試合出てやると思いました。そこからは、ほぼ毎日朝練に行きボールを触り、1番最後に帰ることを繰り返してました。自主練で色んな練習をしました。1番記憶に残ってるのはリフティングです。練習でリフティングが出来なければ練習に参加させて貰えない時もありました。もちろん自分は参加できませんでした。練習をするために頭越えリフティング、胸トラリフティング、頭でリフティング、色んなリフティングをやりました。1年生でやったたくさんの自主練は確実に今の自分に繋がっていると思います。1年生が終わり2年生になった時自分はAチームにいました。しかしなかなか試合に絡むことも出来ずにBチームに落ちました。その時かなり辛かったです。その中でも、2年生だけで30球の真っ黒のぼーるを磨いた時がかなり辛かったです。この時なぜこんな量のボールを磨かないといけないんだとか、3年生は自主練もせずに遊んでいるのになんでと思っていました。そんなことを考えていたら、遊んでいた3年生のボールが自分の顔に当たり、そして遠くからごめんの一言だけでした。その時感情が抑えきれず涙が出ていました。こんな辛いこともあり絶対にBチームから這い上がってやると思っていました。しかし、当時のBチームの練習は自分が求める環境ではありませんでした。その時に初めてサッカーを辞めて勉強に切り替えようという考えが出てきました。そんな時に吉原さんに辞めるか迷っていると伝えた時に吉原が、お前いいもの持っているのに辞めるのは勿体ないと思うよって言ってくれて、頑張ってやるという気持ちが芽生えました。吉原さんには感謝しかないし、変な人だけど恩師だと思っています。
その後、吉原さんが教えているカテゴリーになり、高倉や稲荷、タム、くら達とサッカーをし色んなことを学び、またサッカーが楽しくなりました。B2からBチームに上がることができ、1週間後にAチームに上がることが出来て、戻ってくることが出来ました。文句などは言わず、全部結果で示してやるという気持ちを持ってプレーしていました。そしたら試合に絡めるようになり、最終的には途中交代ですが西が丘のピッチたつことが出来ました。しかし、負けてしまいました。その時は本当に悔しかったし、もっと自分が凄かったら勝てたのにとかなんでもっと練習しなかったんだろとか後悔の気持ちしか無かったです。だからこそ、自分の代の時に悔いのないようにしようと思いました。そして3年生になり新チームになりました。
新チーム初めての遠征は大阪遠征でした。その遠征で絶対に負けないだろみたいなところに負けたりチームとして全くうまくいかなかったです。
焦りもありつつ、裏選手権を迎えました。全国の強豪校とやれるチャンスでした。だけどそこでも上手くいかなく予選敗退でした。めっちゃ悔しかったし、自分はFWなのに点をとってないということに苛立ちや焦りを感じていました。そして大学生と試合をする期間に入りそこでもボコボコにされて、このままでいのかと思っていました。それに加えて、この状態で大学から声がかかるのかという不安もありました。
そこから少し経ちTリーグが始まり、2戦ともに引き分けでした。リーグが一時中断し、新人戦が始まりました。やっぱり新人戦は国分寺戦だと思います。あの試合は試合してる最中涙が止まらなかったし、あの瞬間でチームがひとつになれたと思います。そのあとしっかりと優勝し、迎えた関東大会。あの大会はほぼ俺の大会だと思ってます。その大会のおかげもあり大学も決まり、関東王者になった時はなんでも上手くいくと思っていました。
しかし、インターハイは初戦敗退。何が起きたか分からなかったです。そして青森ユースを迎えました。初戦の神戸弘陵。ボコボコにされました。正直ここまでやられるとは思ってもいませんでした。次の相手は帝京長岡で、勝ちたいという気持ちもあったけど、またボコボコにやられるんじゃないかと思っていました。しかし、試合が終わってみたら、勝っていました。ここから調子を上げていき、その大会を3位で終わることが出来ました。全国レベルの相手とやれて凄く自信を持てました。そして、リーグ戦も順調に進んで、首位を走っていました。その状態で選手権を迎えました。1回戦は危なげなく勝利し、2回戦を迎えました。あの日は今でもやり直したいと思うほど悔しかったです。自分たちのサッカーがこんなところでおわってしまうのかと思っていました。だけど、3年生のみんなが好きだったし、もちろん1、2年生も好きだったからこそとても悔しかったです。だけどこの悔しい気持ちは、プロサッカー選手になって晴らしたいと思います。この3年間は友達に完全に助けられてました。
最後に情報コースの奴らについて喋らせてください。まず、よしまる。あたま悪いしアホだしイケメンだけど、みんなを笑顔にしてくれるやつです。次に榎本。一言で言うならヤバいやつ。次に松枝。しょうごのチャリを無断で借りたり携帯を没収されたりしてるけど、優しいし、みんなを楽しませてくれる奴です。次にしょうご。彼はみんなから強く当たられます。だけど、それを笑いに変えられるやつです。次にりんたろう。彼はすぐに嘘をつきます。だけど、誰よりも優しいし空気を和ませてくれる奴です。次にあいと。うざくてきもくてきたない奴です(笑)。次にあいば。みんなに対して当たりが強いやつですが、1番情が厚いです。みんなのことが好きで、1番涙脆いです。次にさくと。彼は修学旅行で問題を起こしたり、ヤバい奴です。関東大会出場が決まった時に涙を流していた姿を見てこっちも泣きそうでした。そんくらい僕たちに対して全力でサポートをしてくれた最高なマネージャーです。次にけんしん。みんながいる時はヤバい奴を演じていますが、少人数でいる時は凄く常識があって普通な奴です。彼はどんなに辛い状況にあっても、自責思考をもって努力を続けられるし、凄く優しいし面白いし最高な奴です。次にあゆむ。情報コースではありませんが、僕たちのところに居過ぎるので紹介します。彼は急にブチ切れます。だけど、優しいし、面白い奴です。彼との思い出といったら、バーミヤンでりんたろうとあゆむと自分と一緒に7時間ぐらい居たり、よく一緒にボールを蹴ったり、いつでも一緒に居ました。
次に高倉。彼はきもいしだるいです。だけど、一緒に帰ったり、ボールを蹴ったり、遊んだりしてました。そして、サッカーになると誰よりも、上手いし頭がいいです。彼に何度救われたか分かりません。サッカー中に言ってくることは言い方がウザイけど、凄く的確で、だからこそウザかったです。辛い時期にとても彼に助けられました。そんな凄い奴です。最後にいさじ。彼はきもいし空気を読まずに凄いことを言う人です。だけど、ずっとライバルだと僕は思っていました。彼の方がずっとサッカーが上手かったし、1番得点の匂いがしたし、だけど認めたくなかったです。認めていたけど絶対に負けたくないという気持ちがあったし、切磋琢磨出来たのかなって思います。俺の方が点とってたけどね。
こんな奴らが自分の周りにいたからこの3年間は日常生活でもサッカーでも充実していたのかなって思います。先生やスタッフの皆さんには感謝しかないです。そして両親には、こんないい高校に通わせてくれてサポートしてくれてありがとうございました。世界に羽ばたくまでサポートをお願いします。最高な3年間でした。