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2024年度引退ブログ第22弾「いままでの人生で1番濃かった3年間 」伊佐地 晴希

自分は家から近いというのが一番大きな理由で大成高校に入学しました。自分は中学時代試合に出ることができていなくて同じ大成に中学のチームメイトが3人いたのでそいつらに絶対負けたくないと考えていたのをいまでも覚えています。1年生のときには自分の尊敬する、そして目標でもある日向寺コーチに出会いました。約1年ほど指導していただいたのですが、日向寺コーチの練習は頭を使うことが多く一つ一つの練習に意図があり、3月から練習が始まって以降の毎日は新鮮でサッカーが楽しくてしょうがなかったです。毎回の練習でみんなばちばちやり合っていたし、試合に出るために必死でそして夢中になってサッカーをしていて最高の環境でした。練習や試合後も日向寺コーチにたくさんの相談をしてアドバイスを貰えました。また日向寺コーチがたまに紅白戦に入ってくれてよくマッチアップしていたのですが、声の出し方と周りの動かし方を伝えるだけでなくお手本として見せてくれていてとても貴重な経験をしました。あの1年で最大限吸収出来ていなかったのを後悔しています。それでも日向寺コーチから学んだことは技術の部分からサッカーの考え方や物事の捉え方、メンタル面など数えきれないほどあるのですがその中でも2つあげるとすると
「何か大きなことを成し遂げるには何かを犠牲にしなければならない」
「毎日を必死に過ごすしか同年代のトップとの距離を縮める方法はない」
というこの2つはいまでも壁に書いていて大切にしている言葉です。何度もこの言葉に救われたし長い視点で物事を捉えることが出来るようになりました。本当にありがとうございます。日向寺コーチが自分に求めていたレベルにはあらゆる面で全然達していなかったけど、この出会いは自分の人生が変わった転機でした。それでも、自分は副将という立ち位置だったのにもかかわらずピッチ内外での振る舞いをよく注意されていたし、プレーの面でもほとんどの失点に絡みチームにたくさん迷惑をかけてしまいました。みんなごめん。1年カテが終了するとそこからは自分にとっても自分達の代にとっても本当に苦しい1年間が待っていました。  
 
2年生になって新チームが始まるとサッカー部の中でいろんな変化が起きて大変な時期になりました。自分はトップチームでプレータイムを最初の頃は貰っていたのですが、納得いかないことがたくさんあって反抗することも多くあり実際、2月3月ごろには監督やスタッフ、多くの先生方のところに何度もいって意見を言いにいったりもしました。しかし上手くいくことはありませんでした。ここにいる必要あるのかなと何度も思ったしサッカーが面白くないとまで思ってしまいました。
これに追い討ちをかけるように新人戦に負けた事やボール磨きなどで先輩と溝ができてしまい言葉には言い表せないくらいイラついたし勝たせられない自分にもイラつきました。
前期のTリーグが始まってもトップで試合に出てるのはしおだけだったし、トップチームにも3人くらいしか自分達の代がいなくなりもう終わったんだなと思うこともよくありました。家で何度も親に愚痴を吐いたりして家庭の雰囲気すら崩してしまったりもしました。学年内でもやめたいってやつが何人もいて絶望感しかありませんでした。自分自身も夏にはBチームに落ちて、1年間の公式戦の出場時間は合計3試合分あればいい方かなくらいしかどのカテゴリーでも出れませんでした。秋頃には納得できない事に耐えられず本気で辞めようと思っていた時に大号泣しながら小さな部屋で黒川先生と吉田さんに話を聞いてもらったのを覚えています。もうこのときにはスタッフ陣からの信頼は0だったと思います。
Tリーグの応援のときも負けた理由でさえ自分達の応援を指摘され、あいとが泣いてたり最後の方にはもうサッカーしたくないという気持ちに覆い尽くされそうになってました。
サッカーのプレーでも自分の同期の他のカテゴリーの選手がどんどん上手くなっていって自分は全然成長していなくてものすごい不安で押し潰されそうになったときもありました。選手権の40人くらいいるメンバーの候補にすら入れませんでした。しかしそんな中でもこの1年間吉原さんというもう1人の自分の尊敬する指導者に救われました。まず、自分の間違っていたたくさんの行動を本気で叱ってくれてストレートに言葉をぶつけてくれました。
「もうここで変われなかったらお前は終わるぞ」
って言われたのがいまでも忘れられないくらい自分の心境に大きな変化ももたらしてくれました。多分この1年いろんな他のことを言い訳にして逃げていたんだと思います。そこにしっかり向き合わせてくれてありがとうございます。それだけでなく1年間吉原さんは毎日のように自主練を一緒にしてくれました。本当は帰っていいはずなのに自分達のために残ってずっと指導をしてくれてサッカーのことや立ち振る舞い、学校生活のこともたくさん話してくれました。休みの日で朝練ときも日が暮れるまで一緒に自主練してくれたし10時とかからの練習でも7時にきて自主練してくれたりととんでもないサッカーへの熱量を見せてくれました。この2年生の期間サッカーが好きでいれたのは間違いなくこの時間のお陰です。個人のところに相当フォーカスして教えてくれて毎日地道に成長していくのが本当に楽しかったです。他にも大学に連れて行ってもらったりいろんな貴重な経験をありがとうございました。

そしてBとCの先輩が引退していき、1.2年のBカテの期間になりました。そこでは吉田さんにみてもらったのですが少しづついいパフォーマンスを出せるようになり出場機会も与えてもらった状態で自分達の代の新チームの発表があったのですが、そこでもAチームに呼ばれることはありませんでした。一緒にBチームスタートだった高倉と稲荷と南豊ヶ丘から歩いて駅まで語り合って将来への不安とここから這いあがろうって話したのは忘れられません。
誰にも言っていなかったのですが、このときに冬のニューバランスに出られなかったらサッカーをやめて勉強で大学に行くと自分と約束しました。もちろんBで悔しい気持ちもあったのですが、どちらかというとやってやろうという気持ちが強かったです。そんな矢先に1週間後くらいの練習試合で高倉と稲荷はAチームにあがっていきました。このときになんでだよって気持ちともう自分は上がることはできないんだっていう2つのマイナスな思考になっていきました。しかし吉田さんに熱い口調でトップに上がったときにパフォーマンスで黙らせればいいだけだからその準備をしろって言われてなんとか持ち直して大阪遠征のギリギリでトップに上がることが出来ました。あとは自分の力を見せつけるのと今年のチームの中心になってこいと吉田さんに送り出されてサッカー引退をギリギリで回避しました。
ニューバランスではスタートで出させてもらいようやく試合に出れるようになりました。3年になって自分達の代の選手とたくさんサッカーができるようになってこのメンバーでサッカーが出来る喜びを噛み締めていました。さらに5月の関東大会では優勝することが出来ました。小学生のときは都の決勝で負けて、中学生のときは関東の決勝で負けた試合をベンチから見ることしか出来なかった自分にとって人生で1番嬉しかった瞬間だったし、いままでの時間は無駄じゃなかったんだなと思うことが出来ました。青森ユースでは3位で悔しい結果でしたが全国区のチームにも通用すると自信を持ってプレーできるようになってよかったです。そしてお似合いと言われたてT2も1年で昇格できて少しはこの高校に貢献できた気がします。インターハイと選手権は負けてしまったけど本当に充実したラスト1年を過ごせました。

最後に、この最高の仲間達に出会えたことは一生の宝物です。本当に辛い時期をみんなで乗り越えたからこそとても仲がいい代だと思うし素敵な仲間に出会えてよかったです。真っ暗な中でもボール蹴って走ったりとにかくサッカーしたくて仕方ないやつらとずっと一緒に生活出来て幸せでした。そして情報コースのみんながいてくれたおかげで毎日の学校が楽しみに変わりました。個人的な話になってしまうけど高倉と稲荷と3人で最後まで一緒のピッチでサッカーができたことがほんとに嬉しいです。特に高倉はこの3年間サッカーの話を1番したしとても苦しいことも一緒に乗り越えてきてサッカーを一緒にできてることに感謝しています。高倉が本気でやめそうになってたとき、朝の教室で必死にたけとしに止めてたところから最後も一緒のピッチに立ててよかった。たけとしは1番喧嘩したけどずっと一緒に自主練をしてきて切磋琢磨してくれてありがとう。次のステージではそれぞれの場所で全力出しましょう。
後輩達にもたくさん助けられました。最初は練習とかも適当にやるやつらだと思ってたけどめちゃめちゃ真面目に取り組んでくれて不満もあったなかでもずっとついてきてくれてありがとう。たいがにはたくさんサッカーを教えてもらったし水谷、るい、せいたとかは一緒に自主練する機会多かったから来年の活躍期待してます。三送会のときも話しましたが、自分と高倉、稲荷、ひかるは新チームはBカテからスタートしてるからどこからでも這いあがれるチャンスがあることは忘れないで欲しいです。自分達はできなかったプリンスの昇格と全国の舞台で活躍する姿を楽しみにしています。
黒川先生忙しいのにかかわらず毎回無理をいって自主練させてくれてありがとうございました。監督、あそこまで反抗した自分を1年間使い続けてくれありがとうございました。他のスタッフ陣もたくさんのサポートありがとうございました。
そして保護者の方々、毎回試合に応援にきてくれてどんなときも自分達の味方をしてたくさんのサポートをありがとうございました。両親と妹たくさん迷惑をかけることもあったし、たくさん悩ませたりしたけどいつも支えてくれてありがとう。

大成を全国につれていけなくて実力不足だったので4年後プロになって自分がチーム勝たせられる選手になって帰ってくるのでこれからも応援よろしくお願いします。

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