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2024年度引退ブログ第18弾「本音」横山 厚生
僕は小6の時にテレビで見た高校サッカーに衝撃を受けたと同時に憧れを抱き、いつか自分もここでプレーしたいなと思いサッカーをやってきました。
全国高校サッカー選手権の舞台(国立)に立つ。プロになる。という目標がありその夢を叶えるために進路考えていてそこで、幼稚園から一緒の尊敬できて仲の良い先輩がいる、大成高校への入学を決めました。入学したら電車で約1時間の通学、朝練の時は5時に起きて学校に着いたら2階から8階の窓を開けてから7時10分に練習開始、学校が終わってからの練習など中学生までとは全然違って慣れないことだらけで不安もありつつ楽しみもありました。まずは一年カテゴリーとして高校サッカーがスタートしました。一年カテゴリーでは大体月に一回Unityリーグがありそれに向けて全員がメンバー争いしてスタメン、ベンチ、副審、撮影係、ベンチ外が決まり、毎回のトレーニングが戦い(戦争)でした。強度が高い中で頭を使い自分で考えながらサッカーをするトレーニングが多くて、これまでは頭を使いながらサッカーをすることが得意じゃなかったので最初の頃は身体が疲れるより頭が疲れることが多かったです。この代は上手い選手が多くて常に自分は練習についていくので必死でした。
その中で高校初めての公式戦Unityリーグ1試合目のスタメンになることができ、嬉しかったのを今でも覚えています。初の90分ゲームなど色々楽しみながらプレーはできたんですけど結果は負けてしまってめっちゃ悔しくて試合後、一カ月後の試合に向けてまた絶対にスタメンになって試合に出て勝ちたいと思いました。でも次の試合は怪我をしてしまいベンチにも入ることができず撮影係でした。
そこから自分は一年カテゴリーのBになることが多く、Aの試合に関わることがほぼなくなり、そのまま夏休みに入りました。夏休みにはJヴィレッジと飛騨遠征があり、Jヴィレでは練習が鬼きつくて、部屋は4人部屋でみんな1個上や2個上の先輩で最初は気まずかったけど先輩が優しくて、おもしろくて部屋で過ごすのが楽しかったです。あとJヴィレはご飯が美味しくて、毎食楽しみでした。笑
飛騨遠征では入学してから約半年が経ち、一年カテゴリーとしてどこまでやれるか試す大会でした。大会の試合には出れずに自分は練習試合がメインでそんな中決勝トーナメント入り、トーナメントの初戦はBチームで行くことになり自分にもチャンスがきて、やってやる、悔しい気持ちをぶつけようと思い試合に入りました。ですが緊張など色々あり、プレーが悪く負の連鎖が続きCBなのに逃げるプレー、ボールを受けようとしない、最悪なことをしていました。試合も負けてしまい悔いが残り、夏休みが終わりました。9月にはΝBカップがあり同い年のスーパーな選手と実際にやったり、見たりすることができ、とても良い経験になった感じました。早くこんな上手くなって追いつきたいと思いました。
Unityが全て終わり、結局Unityは1試合目のスタメン以降は副審を2回やって撮影もして、ベンチ外にもなり出れたのはターンオーバーの試合の前半のみでほぼ試合に関わることがなく終わりました。みんなはどんどん上手くなっていって自分だけ置いてかれてる感がすごくあって正直めっちゃ悔しくて、でも学べてことが多くあってサッカーの技術、知識はもちろんよくコーチが言ってたのは『五感で感じろ』『それぞれの立場で全力で』『環境を言い訳にするな』という言葉があってそれがすごく自分に響き、サッカーに対する向き合い方、考え方が変わって人としてもサッカー選手しても成長できました。悔しいの一言しか出てきてないけど内容の濃い一年カテゴリーが解散し終わりました。
解散しになり、自分はBチームになりました。悔しい思いをぶつけて早くTOPに近づけるように頑張ろうとサッカーに取り組んでいました。
1年カテゴリーはその時に調子の良い選手、上手い選手が試合に出れるけどBチームには先輩がいて、コーチと先輩の信頼関係がありチームとしてルールがあり試合に出るにはサッカーの技術も大事だけど人間性も大事なんだと感じました。Bチームは40人ぐらいいて練習の効率も良くないし、最初の頃は先輩と合わなくて、コーチの信頼も得るのも大変でした。その時は不満や怒り、文句を家に帰って話してました。
その後、学年も上がり2年生となってBチームはB1、B2となり、自分はB2になりました。B2は自分より上手い選手が多くて練習も40人時代のBチームよりは楽しかったです。B2ではスタメンで出ることが多くてやっと高校サッカーが始まった気がしました。リーグ開幕から2試合連続でスタメンでフルで出て、B1にあがることができました。めっちゃ嬉しくてB1で試合に出続ければAチームにも関わることが出来ると思って、期待感とワクワク感と楽しみしかなかったです。
試合に出るためにまずコーチに信頼してもらえないと出れないのでコーチ含め、先輩やチームメイトとコミュニケーションを多くとって上がってからも毎回の練習を全力を出し声も出してチームとして良い雰囲気になれるように自分なりに頑張っていました。ですが自分の力不足もあり、練習の意図やシチュエーションを理解しないまま、練習に取り組んでしまい、練習を全力で取り組めてるかといったら取り組めてない時期もありました。
何のために練習してるか自分は成長ができているのか?など不満や疑問が多くあり悩んでいました。家に帰って親に相談したり、話し合ったりなどする時期もあり、そんな時にお父さんが厳しくて愛のある言葉をかけてくれたり一年の時コーチが言っていた『環境に言い訳にするな』を思い出して、環境に言い訳せず今の自分にできることを全力で取り組むようになりました。リーグ戦は試合にスタメンで3試合、途中出場など試合にほぼ関わることができ、楽しかったです。B1での思い出は先輩がピッチ内では厳しくピッチ外ではみんな優しくておもしろくていい先輩に恵まれたなーって思ってます。
飛騨のサウナで語ったり、寝る前にフィジーク始まったりなどなど笑今でも連絡をとっていて尊敬できる先輩(友達)ができて嬉しいです。
色々ある中でもやっぱ1番の思い出はJヴィレでのB1 VSB2の紅白戦(戦争)です。笑ゆうとにアシストできて勝てのは一生の思い出です。
リーグ戦が終わり、選手権に向けてAチームのメンバーが発表された時に自分の名前が呼ばれた時はめっちゃくちゃ嬉しくて、とうとうAチームにこれた。やっとスタートラインに立てた。という気持ちでした。Aチームは強度が高くて今までにないプレーのスピード感でこれがAチームかと感じました。その中でも通用するプレーと通用しないプレーがあって自信がつきその反面課題も明確になり先輩と一対一など自主練に励みました。
選手権は西が丘まで進むことができ結果は負けてしまったけどボールボーイをやっていて目の前で試合が見れたり、Aチームの強度、雰囲気で練習できたり、一緒の時間を過ごせたのはいい経験になりました。
自分の代になり、新チームはAチームから始めることができスタメンで練習試合に出たりなどスタートダッシュは出来たんですけどそれは1ヶ月もしないうちに終わってしまいました。年明けにはBチームに行ってしまいました。なんとなく落ちそうなのは分かっていたので這い上がってやろうと切り替えてBの練習を頑張っていました。ですが1月は筋トレ期間で週3回PHがあり筋トレが得意だった自分はあまりサッカーに影響しないと思ってたんですけど体が重くなり、プレーに影響が出まくって調子が上がらず自分に腹が立ち、すごいムカついていました。そんな時、吉田さんに相談しアドバイスをもらい
気持ち的に楽になり、徐々にサッカーの調子も上がってきました。
3月のひたちなか、矢板遠征では一位と3位になることができ、カップ戦ですが高校で初のタイトルが取れて嬉しかったです。学年も3年生になり一早くもAチームに行きたいと思いながらBチームでプレーしていて一緒にやっていたやつらがAチームに行ったりして悔しい日々が続きました。関東大会が始まってて同期のやつらは試合にでて輝いていて、仲間として嬉しい気持ちと悔しい気持ちがあってなんとも言えない感情で試合を見てました。
3年生で進路も決めないといけないという焦りの気持ちなどあってサッカーの調子が悪くなり、Bサブまで落ちてCカテにも落ちるんじゃないかいう時期がありました。吉田さんは自分をBに残しくれて、地区トップの試合ではスタメンに使ってくれて感謝しかないです。Aは関東優勝し、リーグ戦も無敗でAチームに入るのが難しくなり、メンタル的にきつい時期が続き、このままBで終わっちゃうのかなーなど色々考えてしまいました。
ですがBチームで練習していく中で吉田さんがCBを教えてくれたおかげでサッカーがより楽しくなり、夏休みに入り、たくさん走って、チームが勝つために何をしたら良いのか仲間ともがいて、矢板遠征では優勝でき、練習試合や公式戦で試合に出て経験値を上げることができたのはめっちゃ大きかったです。
大きく調子を下げることが少なくなり夏休みの途中からBのキャプテンを任されより責任感がでました。普段から声かけや後輩などに声をかけたりなどしていたので大きく変わることはなかったけど前より色んな人とコミュニケーションを取り、チームの先頭に立って信頼をされるように頑張りました。自分はチームが勝つには良い雰囲気でメリハリがありチーム全員が同じ方向を向く必要があると思っていたので厳しい言葉も言う時もあったけどほとんど優しめの良い声かけをしていたと思います。それが正解か分からないけど結果的に地区トップで優勝とT4昇格ができ、後輩が厚生がキャプテンで良かったと言っていたのですごく嬉しかったです。
地区トップは9試合全ての試合でスタメンフル出場でき、1試合ごとに成長できたと思ってます。ロングスローも毎試合飛距離が伸びて行ったので嬉しかったです。ほんとに吉田さんありがとうございます。
最後のAチームでれるチャンスの高校ラストの選手権メンバー発表があり、呼ばれなかったら引退という考えたくない言葉が頭にちらついてました。なんとかメンバーに入ることができその瞬間はホッとしました。ですが試合に関わるのが目標なので練習から声をだし雰囲気を作って全力でプレーしてアピールを続けました。選手権が始まりベンチに入ることができ、自分ができることを全力でやりました。
選手権に出ることはなく選手権は終了してしまいました。選手権で全国行くためにサッカーを頑張っていたのに全国にもいけず、試合にも出れずに終わり
人生で一番泣いて、悔しいあの日は忘れることはありません。
試合後、こんな最高の仲間に出会えて良かったと思いました。
引退試合では
ラスト10分ぐらいだったけどAチームのユニホームを着れて試合に出れてよかったです。
高校3年間は今思うともっと練習できたり、毎日をもっと大切にすればよかったなーなど悔しい結果に終わったけど、色んなことを学べて、サッカー選手としても人間としても成長でき、今でも合宿のときにあった出来事や面白い出来事など思い出せるぐらい内容の濃い3年間を過ごすことができました。みんなと切磋琢磨し一緒に過ごした時間は忘れないです。最高の仲間に出会え良かったし、死ぬまで一緒にいたい友達もできたのでよかったです。
後輩へ
三年間はほんとに思ってたよりあっという間で毎日の積み重ねがほんとに大事だと自分は身に染みて感じたので引退する時に後悔したくない人はこれからの時間の使い方を考えて過ごして欲しいです。
特にBカテの選手はピッチ内、外多く関わってくれてありがと。一緒に過ごした時間はすごく楽しくて、良い思い出になりました。来年はトップに行って試合に出てね!Bに残った選手は悔しい思いを練習にぶつけてT4からT3にあげてね。陰ながら応援しているので頑張ってください。
スタッフの皆さんへ
まずは3年間ありがとうございました。
引退直前に寝坊してしまいすいません。
この3年間サッカー選手としても人間としても成長できたのはコーチやスタッフのおかげです。
大成で学んだことを大学でも生かして良い報告ができるように頑張ります。
改めて豊島さん、日野さん、吉田さん、黒川さん、甲斐さん、深見さんなど多く自分に関わってくれて、成長させてくれたスタッフの皆さんほんとにありがとうございました。
最後に
お父さん、お母さんへ
3年間一番近くでサポートしてくれてありがとうございました。毎朝お弁当や間食のおにぎり作ってくれたり、汚くなったユニホームを洗濯してくれたり試合が出れない日も会場が遠い日も見にきてくれてありがとうございます。どんな時も優しい言葉をかけ、時には厳しい言葉もかけてくれてありがとう。
高校3年間は良い結果が出せなかったので大学で華を咲かせられるように頑張るのであと4年間サポートしてくれると嬉しいです。
『努力は裏切らない』を信じます。