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2024年度引退ブログ第16弾「才能が勝ち負けの理由にはならない」下山 輝

皆さん、こんにちは
背番号1番 下山 輝です。
初めてブログを書くので、拙い文章ですが、最後まで読んで頂けると幸いです。
自分の幼少期を振り返ると、水泳や体操をやっていたり、遊ぶにしても友達と公園に行って、週末は父や祖父とキャッチボールをしたりと体を動かすことが大好きだった。そのおかげもあって、小学校や中学校の体育の授業では、基本的にそのスポーツを専門としてやっている奴を除いたら、どんな競技でも1番出来た。背もそこそこ大きかったし、自分は恵まれた才能を持った人間なんだなと思っていた。
しかし、サッカーという競技に関しては違った。そして、GKというポジションにおいては、さらに大きく違った。
ジュニアユースに上がり、学年が上がるにつれて、180cmを超える選手が増え、キックがめちゃくちゃ飛ぶ選手がいたり、ジャンプがめちゃくちゃ高い選手がいたりと、自分の身長や身体能力はGKの中では別にそこまですごくないことに気付いた。そのあたりからコーチなどに「自信なさそうにプレーするよね」と言われることが多くなった。
そんなことを考えている内に高校生になった。高校に入ってからの最初の1年で自分のサッカーに対する考え方を変えさせられる出来事が沢山あった。まず、入学当初は先輩GK達の上手さに驚かされた。特に1個上の受験などで先に引退しなかった4人の先輩は全員自分よりも上手かった。でも自分の代で出れてればいいでしょと思っていた当時の自分は1年生カテゴリーの練習を行い、終わったら少しボールを蹴ったりして帰るという生活を初めの方はしていた。しかし少し時間が経った頃に1年カテゴリーのコーチ、GKコーチに「先輩たちが前の時間に練習しているのに、なんで入れてもらわないんだ?それで先輩たちより上手くなれると思ってんのか?」
と言われ、自分の今までの甘さに気付かされた。そこからの、1.2年の期間は本当に意味がわからないぐらい練習した。学校がある時期は、コーチに言って入れて貰える練習は全て入るようにし、夏休みや冬休みなどは自分のカテゴリーの練習開始時間が11時でも7時からやっているカテゴリーがあるなら7時に行って、GKコーチのトレーニングに入れてもらい、9時からの他カテの練習と自分のカテゴリーの練習もして自主練をしてから帰るという生活をほぼ毎日していた。この生活を続けていたら自分の中での意識はそこまで無かったが確実にキーパーとしての能力、技術、
実際のプレーが大きく成長していた。
そして、自然と自信を持ってプレー出来るようになってきていた。
しかし、この生活を続けていたらストレスや睡眠不足、栄養不足などが重なり胃を壊してしまった。自分で異変を感じてはいたけれど、ここで離脱してしまったら今までやってきた意味が無くなるんじゃないか?という気持ちから休むことが出来ず、日を追う事に悪化していき、ご飯を食べれる量が半分程になり、体重も5キロ程落ちてしまった。今思うと、まともにご飯も食べないで睡眠不足の状態でキツイトレーニングを毎日行っていたらこうなることは当たり前だろうし、休むことが出来なかった自分の判断の未熟に思う。
かなり時間が経った後に病院に行って、コーチと相談し数週間の休みを貰った。その後、も監督に知り合いのトレーナーを紹介して貰ったりとサポートして頂いたこともあり、練習に復帰することが出来た。
復帰することが出来たものの、体調を崩していたことや怪我などもあり、自分達の代の新カテゴリーのスタートはBチームだった。
その時のBチームには最後試合に出ていたメンバーで言うといさ、高倉、稲荷もいて、このメンバーがいるなら自分も一緒に上がっていけば大丈夫だろうと考えていた。しかし、結果的には春の段階でその3人はトップチームに上がり、自分はBチームでリーグ戦を戦うことになった。そして迎えた地区トップリーグ開幕戦、自分のミスから失点し0-1で敗戦。リーグ戦のパフォーマンスはカテゴリーの上下動に一番影響を与えると言われていた中でミスからの失点で敗戦。トップチームに上がるチャンスを自分で潰した。それに加えて、負けることはBチームの他の選手の評価にも繋がり、試合終了のホイッスルがなった瞬間どうしていいかわからず申し訳ない気持ちでいっぱいだった。試合後この感情をごめんという言葉でしか出せない自分対して、周りは誰一人文句を言わずにお前のせいじゃないと言って励ましてくれた。ミーティング後に岡田さんや、一緒に帰ったしゅんきと話して、もうその日にはここまで落ちたんだからやるしかないという気持ちになった。
その後、Bチームでは3節までリーグ戦に出場し、トップチームは関東大会を優勝し、インターハイは初戦敗退となった後、夏休み前最後のカテゴリー発表でトップチームに上がることが出来た。teamsでカテゴリーが発表された直後にいさが電話してきてくれたり、他にも沢山連絡をくれてみんな一緒になって喜んでくれたが、なによりも母の喜んでいる顔が1番嬉しかった。
トップチームに上がった後は、練習や試合、遠征に行く中で徐々に序列をあげていき、約1ヶ月半後のTリーグに出場することが出来た。試合では無事勝利することが出来たが、緊張からか身体が硬く後半の途中にキーパーなのに試合で初めて足を攣りかけた。
この試合からはれんが出場したリーグ最終節を除いてトップチームの公式戦には全て出場することが出来た。選手権では思うような結果が出ずかなり後悔が残ったが、あの緊張感の試合を経験したことは今後のサッカー人生に良い影響を与えてくれると思う。
この3年間を振り返ると苦しい時や辛い時を乗り越えられたのも、喜びを分かち合えたのも一緒に練習し、生活を共にした仲間のおかげだと思う。
トップチームに上がるまでの間Bチームで共に戦った工藤、しゅんき、こうせい、坂、さきょう。このメンバーのおかげで毎日本気でやれたし、練習も試合も合宿も最高に楽しかった。
そして、一番感謝を伝えたいのはれん。
入学当初から唯一の同じポジションのライバルとして切磋琢磨してきて、れんには絶対負けたくない気持ちから朝眠くても起きて、GK練習に行ったしそしたられんも絶対来てたし、水曜日のピントさんのサーキットトレーニングと月曜日の吉原さんの追い込み日は前日も寝れないぐらい行きたくなかったけれどれんがいたから乗り越えられた。2人ともオーバーワークで胃壊したり、れんは膝壊したりして思うように行かない時期も多かったけど最高のライバルでした。
他にも沢山最高なやつらがいたおかげでサッカーに支配され続けた3年間を最高だと思える3年間にすることが出来た。
最後に、この高校生活で身に付けたこと、それは大きな「自信」だ。中学の頃から言われていた自信なさそうという言葉、自分は才能がない人間なんじゃないかという考えを高校で変えることが出来た。人に負けているところがあるなら、それを凌駕するぐらいの他の武器で勝ればいいし、自分の足りない部分なんて探せばいくらでも出てくるんだからひたすら練習すればいい、練習すればするほど成功体験を得られるし、それが自信に繋がる、これでも勝てないものが出てきたんだったらまた同じことを繰り返して自信をつけていく。
大成サッカー部で培ったものを今後の人生に活かしていきたい。
長く拙い文章でしたが、読んで頂きありがとうございました。

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