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2024年度引退ブログ第15弾「3年間を振り返って」 齋藤英慈
3年間を振り返るといろんな事があった。
自分の入学した理由はガジさんのサッカーがとても面白かったからだ。初めて大成の練習会に行った時、自分が混ざったのは1Aカテゴリーだった。そこでガジさんのサッカーを初めて経験した。技術が求められる練習や、頭を使う練習など自分にはとてもあっていた気がした。そして練習後に監督に話をされ、大成高校への入学を決めた。初めての練習はとても緊張した。jクラブから来る奴らがいて、全国に行った台のFORZAがいて、他にも自分の聞いたことのあるチームから来る奴らがいっぱい居た。そんな中、初めての練習が始まった。最初は名前を覚えるとこから始まり、パス練習などの簡単な練習で終わった。そこから練習が本格的になり周りのレベルを把握した。その中でも自分は上の方にいると思っていた。初めての東海相模との試合では、よく分からないメンバーの決め方だった。練習中の副審をやった人。声を出してた人など、どんどんスタメンが埋まっていった。自分は当日のアップで何とかスタメンを勝ち取ることが出来た。しかし、自分が希望するポジションとは異なり右サイドハーフだった。そこから何回か右サイドハーフでの出場だった。これはこれでいい経験だった。Unityが始まり、自分はスタメンで出ることが多かった。そして、Unity最終節、多摩大目黒との試合。自分たちとがじさんの1年間かけて作ったサッカーで大勝することができた。ロッカールームではガジさんを含め全員では騒いだ。自分の中では人生でこの日が1番最高の日だった。しかし、初めてのカテゴリー編成、自分はCカテゴリーだった。スタメンのみんながBになっていく中、歩夢と一緒にCチームからのスタート。正直この編成には納得いかなかった。「なんで試合出てた俺がCで出ないやつがBなんだよ」と、ずっと思った。その時Bに上がった仲間から「なんでおまえがBなの」とか励ましの言葉をかけてくれたがその優しさですら正直鬱陶しく思える程納得いってなかった。そこから自分のサッカーに対する熱とサッカーが好きという感情が薄まった。
しかし、やるしか無かった。練習や試合では活躍してアピールしているつもりだった。しかし、Cの中でもBだった。ゴールを決めても、アシストをしても上に上がれない。2年になった時には、今までには無かった練習に行きたくないや、辞めたいなどの感情が出てきた。でも辞めれなかった。それは、辞める度胸が自分にはなかっというのもあるが、この最高の仲間とやるサッカーの時間が無くなってしまうって考えたら辞めれなかった。そして吉原さんが自分のカテゴリーのコーチになった。ここで吉原さんに教わってなかったらここまでサッカーが上手くなんなかったと思う。情報の取り方や体の向き。キックのコツなど様々なことを教えてくれた。そして上のカテゴリーへの推薦もしてくれた。そして、初めてトップチームの練習に参加した。しかし、初めての練習の紅白戦では緊張して思うようにプレーができなかった。そしてすぐに落ちてしまった。選手権が終わり、3年が引退して新カテゴリーになった。その時にはAチームにいることが出来た。しかし、大事な時期に肉離れをしてしまった。リーグ戦や関東大会前には治りはしたが体のキレは落ちたままだった。そして関東大会の東京と予選が始まった。東京都予選優勝、しかし自分は試合に1分も出場することなく終わった。そして本戦前にメンバーから落ちてしまった。そして関東大会優勝。初めの関東の舞台、そして関東大会優勝の景色を見せてくれた仲間には感謝しかない。そして息付く間もなくインターハイがスタートした。結果はベスト8で終わってしまった。ここから選手権に向け練習強度も高まった。インターハイの悔しさを胸に選手権出場への思いは全員高かった。そして選手権が始まった。東京実業にPKで3-4で負けまたもやベスト8。最後の大会が終わった。とても悔しかった。しかし、自分たちにはT2リーグが残っていてT1リーグへの昇格という1年かけてやってきた目標がある。そして最終節前に昇格が決まり、最終節ではAチームにいる3年生全員が試合に出ることが出来た。これができたのはチームを引っ張てきてくれたスタメンの3年生全員のおかげです。本当にありがとう。
選手権で負けた時には思いっきり泣いて、普段の学校生活では思いっきり笑いあってこれた最高の仲間には本当に感謝しかないです。大学でサッカー続ける人達は頑張ってください。そして、自分の最近できた夢である、弟とプロで試合をしている姿を見させてください。お願いします。
これまで支えてきてくれたマネージャー、コーチ、監督そして家族、ありがとうございました。最後に後輩たちへ。全国の景色見てきてください。応援してます。