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引退ブログ第三十弾「夢の舞台への3年間」

ずっと夢であった選手権の舞台に立つために自分は大成に進学することを決めました。ですが入学してすぐ自分は膝を怪我しました。始まったばかりで約2ヶ月間サッカーから離れることになり自分の中で少し焦りがありました。そこで自分はただ怪我が治るのを待つのはその2ヶ月間が勿体ないと自分の中で思い、当初の自分は周りと比べてもとても細かったため、フィジカルトレーナーのテツさんに膝を怪我していてもできるトレーニングを聞いて毎練習後、チームのサポートを終えてから毎日欠かさず続けました。そして、怪我が治り復帰し遅れを取り戻そうと練習に励みました。ですが自分は1年生チームでレギュラーとして試合に出ることができず、とても悔しい1年として終わってしまいました。新チームになってからは自分はBチームに振り分けられました。同じ学年にももちろんトップチームに振り分けられた人がいる中で自分はBチームでとても悔しかったのを今でも覚えています。当初の自分はBチームでも試合に出れていなくて、トップチームにはとても上がれるような選手ではありませんでした。でも自分は試合に出るためにトップチームに上がるために諦めずに努力しました。自分の武器はキックだと自分は思いました。そこで自分はその武器を誰にも負けないようにしようと思いました。練習終わりに毎回ロングキックを蹴って、低弾道でもけれるようにもなりました。努力が実ったのか自分はスタメンになることが出来ました。そこからの自分はスタメンから外れることなく、地区1部リーグにもセンターバックで出場し無失点でリーグ戦を進めていました。自分たちの地区1部リーグを見に来ていた監督の目に止まったのか、自分は夏の合宿でトップチームに上がることになりました。その時は努力が報われた感じがものすごくしてとても嬉しかったです。ですがここで満足はしませんでした。目標のためにはここからがスタートでもあります。自分がトップチームに上がって最初の試合は全国常連校である尚志高校でした。後半の途中から自分は出場しましたが、その数分で全国のレベルを痛感しました。その後のB戦にも出場し自分のレベルの低さをより痛感しました。合宿が終えてから自分は公式戦に出るために練習に励み続けました。でも自分の最初のT1リーグはベンチ外でした。そしてBチームの公式戦に出ることもありました。選手権は絶対に出たいと思っていた自分は努力し続けました。選手権初戦、自分はベンチ入りすることが出来ました。出場することは出来なかったけど嬉しかったです。3回戦の多摩大目黒戦も自分はベンチ入りを果たしました。それだけではなく、試合の終盤試合に出場しました。選手権はかけてる思いが相手も自分たちも全員いつもとは違くて応援してくれている人達もいて奮い立ちました。試合は1-2で負けてしまいました。期待に応えられなくてとても悔しかったです。その後のTリーグも自分は終盤に途中出場し経験を積みました。勝利に貢献するようなプレーをすることはあまり出来なかったけど貴重な経験になりました。選手権の悔しさを胸に自分は自分の代で絶対に全国に出てやると強い気持ちで新チームを迎えました。ですが自分は勉強に苦しみ、補習で新チーム最初の合宿に参加することが出来ませんでした。年明けのニューバランスカップ、自分はスタメンで出ることが出来ませんでした。勉強が出来ないのをそのままにしてきたのが全て返ってきました。自分はみんながいる中でも関係なく涙がこぼれていました。悔しいという言葉で済むほどの感情ではなかったです。勉強でみんなに遅れをとって試合に出れない。自然と涙が流れました。その大会中にサイドバックだった自分はフォワードにコンバートしました。自分はそこからレギュラーを勝ち取り、関東大会予選を迎えました。成立戦、自分たちの方が優勢のゲーム展開でした。ですが点を決めることがなかなか出来ずカウンター1本で点を決められ、0-1で負けてしまいました。フォワードなのに点を決められない、チームを勝たせられない自分がとても情けなかったです。インターハイは絶対に活躍してやる。そう思っていたのに自分は怪我をしてしまいました。怪我に苦しんだ自分はインターハイにレギュラーとして出場することはなく終わってしまいました。あとは選手権しか残っていませんでした。選手権はずっと目標だった舞台。絶対にレギュラーを勝ち取ると思っていたのですが自分はセンターバックになったりポジションを転々としていました。結果、自分はボランチになりレギュラーを勝ち取りました。競り合いの強さを生かし自分は戦い続けました。このまま選手権を迎えるかと思っていたのですが選手権になって急にセンターバックで出ることになりました。急なポジション移動でびっくりしましたが、色んなポジションで試合に出てたことですぐに適応できました。今までの経験が生かされたと思います。選手権、夢であった全国の舞台に立つために迎えた準決勝、修徳戦。初めて立った西が丘のピッチ。あの景色は一生忘れないと思います。応援してくれてる仲間のためにも絶対に勝ってやると強い気持ちで体を張って守備し続けましたが前半に2失点してしまい結果1-2で負けてしまいました。自分は足をつってしまい後半の途中で交代。全国まであと2勝というところでの敗戦。思わず試合終了の笛と同時に涙が流れました。目標の夢の舞台には立つ事が出来なかったけれど、今思えばこの3年間はとても濃く、成長した3年間だったと思います。自分の筋トレや自主練に遅くまで付き合ってくれた先輩や仲間、指導してくださったスタッフ、ずっと支えてくれた家族に感謝しています。自分は大学でもサッカーを続けます。この濃い3年間と感謝を忘れず、まだまだ努力し励んでいきます。

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